「ネフリー?」
 恋人の声にあわてて、遠い過去に向けていた意識を戻した。

「どうしたの?」
「これはどこに運べばいいのかな?」
「あら、そんなこと私がやるのに…」
「いいんだよ。ネフリーのほうが大変なんだから。それに君にこんな重いものを持たせるわけにはいかないよ」
「ありがとう。じゃあ、お願いするわ」
 優しく笑う彼に笑い返して、居間に運んでもらう。

 彼とは来週、結婚する。

 先ほどまで見つめていたブローチを改めて手に取る。
可愛らしい小さな花の模様のブローチ。
おもちゃのようなそれは、長い年月で青かった花は色あせ、金具は黒ずんでしまっていた。
埃をかぶった宝箱に入っていたそれは幼い頃、幼馴染から貰ったものだった。
誕生日に貰ったとき、すごく嬉しかったのを覚えている。

 たぶん初恋だった。
想いを告げる前に、彼の立場を知って何も言えなかった幼い恋。

 彼は今も元気なのだろう。
この雪深い街まで届く、水の都の噂に彼の健在を知る。

 先月、兄と彼に結婚式の招待状を送った。
兄は来られるらしい。
返事は来なかったが、彼はおそらく来ない。
来ないと分かっていて出した。
それは自己満足のようなもので、幼い恋への決別状だった。

 今はもう痛みも切なさもない。
ただ懐かしさとほんの少しの寂しさだけが残っている。

 手の中のブローチを優しく撫で、再び箱にそっとしまった。


 来週、私は結婚する。



忘れ去られた
Something Blue





Something old, something new,
something borrowed, something blue,
and a sixpence in her shoe.
(なにか古いものひとつ、なにか新しいものひとつ )
(なにか借りたものひとつ、なにか青いものひとつ)
(そして靴の中には6ペンス銀貨)

花嫁が幸せになるためのおまじないだそうです。
由来はマザーグース。